翻訳と辞書
Words near each other
・ JOPK
・ JOPP
・ JOPR
・ JOPU Morning Friday
・ JOPX
・ JOQgiRl
・ JOQK
・ JOQR
・ JOQX
・ JOR
・ Jordan Rudess
・ Jordan's rule
・ Jordan's species
・ Jordan: The Comeback
・ Jordanon
・ JORF
・ JORGE JOESTAR
・ JORK
・ Jorl
・ JORR


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

Jordan Rudess ( リダイレクト:ジョーダン・ルーデス ) : ウィキペディア日本語版
ジョーダン・ルーデス

ジョーダン・ルーデス(''Jordan Rudess''、 1956年11月4日 - )は、キーボーディスト、時々ギタリストである。現在はドリーム・シアターのメンバーであり、
==バイオグラフィー==
小学二年生のとき、学校の先生が教室で彼がいかに上手にピアノを演奏するかという事を母親に電話したことから、本格的なレッスンを受け始め、9歳のときにジュリアード予備校(The Juilliard School Pre-college division)に入学し、クラシック音楽の専門知識を学ぶ。その後、ジュリアード音楽院に進学し、クラシックを学びはするが、EL&Pの「タルカス」を聴いてロックプログレッシブロックに興味を持ち、クラシック・ジャズ外のジャンルのアプローチを研鑽。1980年にはプログレハードの要素を持ったAORバンド・スピードウェイ・ブルヴァードの一員としてメジャーデビューを果たす。
1991年前後はドラマーのトニー・ウィリアムスが率いるバンドに参加し、ヤン・ハマーとライヴで共演している。(モントリオールでのライヴの映像のテレビ放送あり)
1994年、キーボードマガジン誌で、Best New Talent部門に投票され、Overall Best Keyboardist部門ではキース・エマーソンに続く2位を獲得した。そのころ、Dixie Dregsと前任のケヴィン・ムーアが脱退したドリーム・シアターという2つのバンドからオファーを受けるが、この時はDixieのツアーに同行する。その後、ドリーム・シアターのマイク・ポートノイ、ジョン・ペトルーシのプロジェクトであるLiquid Tension Experimentに、外部ミュージシャンとしてトニー・レヴィンとともに参加。
1999年デレク・シェリニアンの後任を探していたドリーム・シアターから再度のオファーを受け、正式メンバーとして加入。アルバム『Metropolis Pt2: SCENES FROM A MEMORY』をリリースする。その後のドリーム・シアターでの活動についてはドリーム・シアターを参照。
最近では各社の製品のデモンストレーションを務めることも多く、2007年に行われたNAMMショーではローランドのブースにおいてロッド・モーゲンスタインとともにRudess Morgenstein Projectの曲を披露した。その後2月7日、2月10日に日本で開催されたサウンド・スパークと言うイベントでも演奏を披露した模様。
余談ではあるが、実はギターも弾ける。特に動画サイトYoutubeにおいて彼の弾くギター演奏がアップされているが、テクニカルな演奏がよく目立つ。フルピッキングによる速弾きやタッピングによる倍音を披露したりしているくらいなので、相当の腕前だと思われる。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ジョーダン・ルーデス」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Jordan Rudess 」があります。




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.